現地に行っていろいろなものを見てくるフィールドワーク系ブログ

善光寺御開帳に行って参りました。前立本尊を拝めて幸せでした!

2022年(令和4年)7月23日投稿

探訪番号:8

ブログ分類:パワースポットめぐりシリーズ #1

今日は土用の丑の日です。しかも土曜日!

私は子供の時、土用の丑の日は鰻を食べる日、というのは知っていましたが、「土用」を「土曜」と勘違いしていました。次の日が日曜日だから、土曜の夜は豪勢に鰻を食べるのかな?と。

「土用」とは、立春・立夏・立秋・立冬の前の約18日間の期間を言い、そのうちの丑の日を「土用の丑の日」と言って、とくに夏の丑の日に「う」のつく食べ物を食べると夏負けしない、という風習が昔からあります。

その中でも、とくに鰻を食べる風習が定着していますが、これは、一説には江戸時代に、毎年夏場になると売り上げが落ちて困っていた鰻屋さんに相談された平賀源内のアイデアで、土用の丑の日に鰻を食べよう!というキャンペーンを張ったところ、鰻がバカ売れしたため、全国の鰻屋さんが真似してやるようになったそうなんです。

「牛に引かれて善光寺参り」とは?

さて、丑(牛)と言えば古くから日本人にもなじみ深い動物で、ことわざにもたくさん登場しますが、「牛に引かれて善光寺参り」ということわざもありますよね〜。

これは、他人によって、いつの間にか良い方向に導かれていることを例えた言葉です。

昔、信州(今の長野県)のとある村に、強欲で信仰心の薄いお婆さんが住んでいました。

そのお婆さんが洗濯をしていると、一匹の牛が通りかかり、角に洗濯物が引っかかって、そのまま行ってしまいました。

洗濯物を盗まれてなるものかと、お婆さんは一所懸命に牛を追っかけて、気づいたら善光寺まで辿り着いていました。

疲れ果てて本堂で寝ていたお婆さんが目を覚ますと如来様が現れて、お婆さんを諭したそうです。

するとお婆さんは自らを反省し、私欲を捨て、優しい人に生まれ変わり、極楽往生を遂げた、という逸話から生まれたことわざなんです。

7年(数え年)に一度の善光寺御開帳

善光寺といえば、数え年で7年に一度(数え年とは0年からではなく1年からスタートする年の数え方で、実際は6年ごと)、4〜5月にかけて「御開帳」という一大イベントが行われます。

前回の平成27年(2015年)は私もお参りに行ったのですが、今回はいいかな、と思っていました。6年周期ですので、本来は昨年に開催予定でした。

しかし、新型コロナウイルスの流行で1年延期となり、今年の4月3日から5月29日の日程で行われることになりました。

1年延期というニュースを聞いて、それならばまたお参りに行ってこようかな、と思っていましたが、4〜5月は新しい仕事を始めたこともあり時間が取れず、結局行けませんでした。

そしたら、新型コロナウイルス感染防止の観点から、密にならないようにと、なんと6月29日まで延長されることになったんです!

なんか、2回もチャンスを与えられた気がして、まさに牛に引かれるような気持ちで、6月22日に善光寺に行って参りました。

【写真】長野駅に到着した、「現代の牛」とも言える、北陸新幹線「かがやき」号です。かなりクールなデザインですね。今まで「はくたか」号と「あさま」号に乗ったことはあるのですが、「かがやき」号は今回初めて乗りました!

【写真】長野駅の外観です。実は私は小学生の時、長野市に住んでいたことがあり、その時の長野駅は善光寺を模した仏閣型駅舎でしたが、長野新幹線(今の北陸新幹線)開業に伴い、近代的でカッコいい駅舎になりました。

撮影日:2022年6月22日 撮影地:長野県長野市末広町

【写真】長野駅から善光寺までは約2kmの距離です。バスを利用する観光客の方も多いですが、天気が良ければちょうどいい散歩の距離です。

【写真】善光寺の境内の入り口となる、善光寺交差点です。御開帳を知らせる木札も立っていました。

撮影日:2022年6月22日 撮影地:長野県長野市大門町

【写真】しばらく進むと、左右に阿形・吽形像を配置した仁王門がありました。

撮影日:2022年6月22日 撮影地:長野県長野市元善町(善光寺境内)

【写真】仁王門をくぐると、仲見世通りです。左右にお土産物屋さんやお蕎麦屋さん、おやきを売っている店など、たくさんのお店が並んでいました。

【写真】仲見世通りを過ぎると、山門がありました。国の重要文化財です。

善光寺の御本尊は我が国最古の仏像

ところで、数え年で7年に一度(6年周期)で行われる、善光寺の御開帳とは何でしょうか?

それを説明するのには、まず、善光寺の歴史をお伝えする必要があります。

善光寺の御本尊は、一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい)で、我が国最古の仏像と言われています。

この仏像は西暦552年に朝鮮半島にあった百済という国の王様から贈られたものです。

その頃は日本に仏教が伝来した頃で、仏教を受け入れて、仏教によって国を治めようとする勢力と、日本古来の神道を大事にして、得体の知れない異国の宗教の受け入れに反対する勢力が対立していました。

そんなこともあって、百済の王様から贈られた一光三尊阿弥陀如来像は、仏教反対派から難波(今の大阪市)の堀江に捨てられてしまったのです。

7世紀に入り、信濃国(今の長野県)の役人、本田善光(ほんだ・よしみつ)という人が、公務で都に行った時にたまたま難波の堀江近くを通りかかると、自分を呼ぶ声がどこからともなく聞こえ、堀の方を見ると、水の中に光り輝く仏像を発見します。

それが捨てられていた一光三尊阿弥陀如来像だったのです。

善光は拾い上げて大事に信濃国まで持ち帰りお祀りした、というのが、善光寺のはじまりなのです。「善光寺」の名前は本田善光に由来していています。

御本尊の代わりとなる前立本尊の御開帳

この一光三尊阿弥陀如来像は、654年から絶対秘仏になった、と言われています。どういうことかと言うと、内厨子という仏像を入れる箱に入ったまま、ずっと開けられることなく安置されているのです。

つまり、1300年以上の間、一般の参拝客はもちろん、どんな偉いお坊さんでも、誰もそのお姿を見た人はいない、ということなんです。

私も今の家に引っ越して5年くらい一度も開けていない段ボール箱がありましたけれど、さすがに1300年も開けられていないとなると、いったい中身はどうなっているのか、気になりますよね〜。

そんな有難い御本尊様を見て拝めないのは寂し過ぎる、ということで、鎌倉時代には御本尊様の身代わりとなる、「前立本尊」(まえだちほんぞん)という、いわばレプリカの像も造られて、こちらも善光寺に大切に安置されています。

この前立本尊もその後ほぼ秘仏化され、定期的に御開帳(一般の参拝客が拝観できるように厨子を開くこと)が行われました。

明治以降は、数え年で7年に一度、丑年と未年に御開帳が行われてきました。地震や戦争で中止になったことはありますが、延期されたことはありませんでした。

今回も本来なら丑年の昨年行われる予定でしたが、新型コロナウイルスの蔓延により、初めて今年に順延されたのでした。

【写真】善光寺の入り口にあったサイネージです。12時ちょっと過ぎた頃の写真です。平日の昼間なのに、75分とか、85分も待つの〜、と思いつつ、ここに載っている6つは全て体験しよう!と思いました。

本堂は混んでいたので、他の伽藍を拝観

まず前立本尊を拝観しようと、安置されている本堂に向かいましたら、長蛇の列!チケットを購入するのにも、かなりの列に人が並んでいらしたので、ひとまず退散しました。

本堂外陣では、御印文頂戴が行われていました。これは、お正月と御開帳期間にのみ行われているものです。

御印文とは、善光寺の金印のことで、錦の布に包まれた金印を頭頂部から額にかけて押し付けていただくと、誰でも極楽浄土に行ける、というものなんです。

ここはあまり行列ができていませんでしたので、有り難く押していただきました。

【写真】本堂前には御朱印風のパネルが置いてあり、記念写真が撮れるようになっていました。

【写真】国の重要文化財となっている山門です。実は、山門は御開帳期間でなくても、上に登ることができるんです。

【写真】山門と、本堂の前立本尊の拝観&お戒壇巡り、経蔵、資料館の全てが拝観できるお得な共通券を購入しました。

【写真】山門から長野市街が一望できました!

【写真】国宝に指定されている、立派な本堂です。その前に立っている木の柱は、回向柱というものです。次回のブログでご紹介です。

【写真】国の重要文化財となっている、経蔵という建物です。中には、お経を収めた輪蔵という回転式の書庫があり、これを参拝客が一周させると、なんと、中に収められている6671巻ものお経を全て読んだことと同じ功徳が得られるという、ものぐさな私にはとてもありがたい施設なんです。

【写真】いろいろな施設をみていましたら、本堂の中に入るための行列はすっかり解消されていました!

お戒壇巡りはスイスイと

善光寺にお参りに来るといつも思うのですが、本堂に入ると、とても清々しい空気が流れて、清心な気持ちになります。

前立本尊様もお目にかかれて、幸せでした。とくに、現在父親が心臓の病気を抱えていますので、両親の健康、そして私自身の健康も祈願しました。

また、お戒壇巡りも体験しました。これは、御本尊や前立本尊が安置されている内々陣の真下の回廊を巡るもので、御開帳期間でなくてもできます。

回廊の途中には「極楽の錠前」という鉄製の鍵があり、その真上には絶対秘仏の御本尊様が安置されています。この錠前に触れることで、御本尊様と結縁して極楽往生が約束される、とされています。

実は私はお戒壇巡りは今回が3回目。通常は周囲が全く何も見えない、真っ暗な回廊で、右手で壁を触りながらでないと怖くて先に進めない感じなんです。それで、恐る恐る進んでいくと、自然と錠前に触ることができるのです。

ところが、やはり新型コロナウイルス蔓延防止の観点から密にならないように、という配慮でしょうか、今回は足元にランタンのような灯りが置かれ、周囲がよく見えていました。

だから、壁に触れなくてもスイスイと前に進めて、私の前のグループの方も、その前のグループの方も、錠前に触れることなく回廊を出ていらっしゃいましたね〜。私はちょっと拍子抜けしたものの、なんとか錠前に触れることができました!