探訪日:2024年(令和6年)8月8日(木曜日)
探訪番号:88
投稿日:2024年12月30日
ブログ分類:史跡・旧跡めぐりシリーズ #6
JR千葉駅から歩いて10分足らずのところに、千葉公園という、16ヘクタールもある広大な公園があります。
千葉駅と言えば千葉県の県庁所在地にして政令指定都市の千葉市の中心駅です。そんな大ターミナルの千葉駅の近隣に、どうしてそんな広い公園があるんでしょうか?
実は、現在の千葉公園がある場所は、戦前は大日本帝国陸軍の第一鉄道連隊の作業場があったのです。
鉄道連隊とは、戦地で鉄道の建設・運行を担うほか、敵の鉄道を破壊する役割もする部隊です。帝国陸軍の鉄道連隊は明治40年に東京から千葉に移転し、千葉駅の近くに第一連隊、津田沼駅の近くに第二連隊が設けられました。
今では千葉市民の憩いの場となっている千葉公園ですが、鉄道連隊の遺構も残っていますので、見に行ってきました!
【写真】千葉駅側の公園の入り口です。
【写真】公園の中央には、市内で唯一のボートも楽しめる大きな池がありました。
【写真】「荒木山」と書かれた石柱がある小高い丘がありました。
【写真】てっぺんに登ると、簡単なモニュメントがありました。
荒木山は、25歳の若さで満州で殉職した鉄道連隊の荒木克業大尉を悼んで、鉄道連隊の敷地内に作られました。
満州で敵の本拠地を目指していた鉄道連隊の装甲列車に対し、敵は山の上から巨石を積んだ貨車を滑走させました。そのままでは鉄道連隊の装甲列車に衝突して大惨事になります。
そこで荒木大尉は部下を退散させ、危険を顧みず自ら脱線機を装着、見事に貨車を脱線させることに成功し多くの仲間の命を救ったものの、脱線した貨車が積んでいた巨石に当たって亡くなってしまったのです。
このことにより、荒木大尉は英雄として讃えられ、荒木山に銅像も建てられましたが戦争末期に国に供出され、今ではひっそりと簡単なモニュメントがあるだけ、となっています。
【写真】荒木山から降りてくると、大きなコンクリートの塊のようなものが見えました。
【写真】これは、架橋演習用橋脚の跡でした。戦地では過酷な環境の中で迅速に鉄道を敷設しなければならないので、このように作業場で練習していたんですね。
【写真】こちらはウインチ台の跡と言われるコンクリートの塊です。ウインチとは、重量物を吊り上げたり引っ張ったりする巻き上げ装置のこと。鉄道車両を吊り上げていたんでしょうかね?
【写真】おっ!脇に線路の跡が残ってるじゃん!と思ってよく見たら、単なる柵でした(^_^;)
【写真】公園内には、千葉都市モノレールの駅もありました。右奥に、ドーム状のコンクリート塊が見えますね。
【写真】これは、演習用トンネルの跡でした。