探訪日:令和7年(2025年)11月23日(日曜日)
探訪番号:116
投稿日:2025年12月14日
ブログ分類:気になる乗り物に乗るシリーズ #9
鉄道の動力として、最もポピュラーなのは、なんといっても電気でしょう。新幹線から路面電車まで、現代は電気を動力とする鉄道車両が主流です。電気で動いていない鉄道でも「電車」と言うことがあって、今や「電車」が鉄道車両の総称のようになっていますよね〜。
その他の動力としては、軽油を燃料とするディーゼル車(気動車)、石炭を燃やして蒸気で動かす蒸気機関車などもありますね。そして、現在東京の品川と名古屋の間で建設中のリニア中央新幹線は超電導磁石を利用して、時速500kmで走行する夢の超特急です。
しかし、鉄道の歴史を見ると、驚くべき動力の鉄道も存在していました。まず馬。レールの上を走る馬車鉄道が200年以上前にイギリスで登場。フランスやアメリカでも存在しましたが、なんと、日本にも、しかも東京の中心部でも走っていたんです。
明治15年6月、新橋と日本橋間に、日本初の馬車鉄道が開業、10月には上野、浅草へと延伸しました。馬はエコな動力ですが、やはり出るものは出ますよね〜。線路の上は、馬の糞尿だらけで、臭いも酷く、その点は不評だったようです(^^;)
そしてもう一つ、エコで、しかも糞尿を垂れ流さない動力といえば、人でしょう。人間が客車を押して運行する人車鉄道は、世界では類を見ない日本独特のもので、国内で29もの路線が営業していました。明治・大正時代にほとんど姿を消し、路面電車や軽便鉄道に転換されますが、静岡県の島田軌道は昭和34年まで営業した最後の人車鉄道です。
考えてみれば、日本では古くから駕籠や人力車など、人力による交通機関はポピュラーだったため、鉄道も人力で動かすという発想が出るのも自然なことかもしれませんね。
さて、東京にも人車鉄道がありました。それが現在の葛飾区、金町と柴又を結んだ帝釈人車鉄道です。
柴又にある帝釈天(題経寺)は江戸時代から参拝客が多く、明治30年、帝釈天から1.5kmのところに日本鉄道土浦線(今のJR常磐線)の金町駅が開業すると、さらに参拝客が急増。
そこで、金町駅から帝釈天の参拝客のために、明治32年に全国5番目の人車鉄道として帝釈人車鉄道が開業。東京で唯一の人車鉄道でした。明治45年には京成電気軌道(今の京成電鉄)に譲渡の契約がされ、大正元年に電車線に転換され、その歴史を終えました。
ところで、前回のブログで、柴又にある寅さん記念館に行ったことを書きました。とくに映画『男はつらいよ』に思い入れのない私が、なぜ突然寅さん記念館に行ったのか。
実は、人車鉄道に乗るためだったのです。
どういうことかと言うと、11月の連休中に寅さん記念館で「よみがえる帝釈人車鉄道展」という企画があり、約110年ぶりに人車鉄道が復活して走行イベントを開催する、と聞いたので、乗りに行ってきたのです。
【写真】人車鉄道の走行イベントは11、12、13、14時の4回開催。各回60名の定員で、1時間前から乗車券が発売される、というシステムでした。寅さん記念館の入場券を購入した人が乗車券を購入できる権利がありました。私が行ったのは9時半ごろですが、お聞きしたら、すでに20名の方が並んでいらっしゃいました。

【写真】10時ちょうどに11時の回の乗車券の販売が開始されました。並んでいる方の半分くらいは鉄道ファンと思しき方でしたが、連休中ということもあって、家族連れも多かったです。単なる鉄道イベントではなく、100年以上前に実際走っていた鉄道の走行イベントにお子さんを参加させるのはいいな、と思いました。これをきっかけに、地域の歴史、鉄道史、産業史に興味を持つようになったら最高です。

【写真】無事、人車鉄道の乗車券(200円)をゲット!硬券風で、裏には「故郷駅」の入場券となっていました。


【写真】走行イベントまでの時間を利用して、寅さん記念館を見学しました。「故郷駅」の改札口のジオラマがありました。帝釈人車鉄道の柴又駅を模したデザインだそうです。

【写真】故郷駅の改札口の先には、帝釈人車鉄道に関する展示がありました。

【写真】精巧な帝釈人車鉄道の動く模型がありました。



【写真】復元された車両です。中に乗って記念写真を撮ることができます。

寅さん記念館は、江戸川のすぐ傍に建っていて、2階に上がると、江戸川の河川敷に出ることができる構造となっていました。
【写真】河川敷のサイクリングコースに30メートルほどの線路が敷かれていました。

【写真】11時になると、係の方に改札鋏で乗車券にパンチしていただきました!

大正元年に廃止となった帝釈人車鉄道の車両は、大正4年に開業した茨城県の笠間人車軌道へ譲渡されました。こちらも、笠間駅から笠間稲荷神社へ参拝するお客さんのための人車鉄道だったんです。10年で廃止となってしまいましたが、笠間市の市民が地域のシンボルにしたいと2014年に車両を復元制作したんです。
そして、このたび、その復元車両を柴又に持ってきて、走行イベントが行われることになったのです。まさに110年ぶりの「里帰り」となったわけです。
【写真】こんなふうに、二人の人が車両を押していきます。


【写真】線路の終端まで来ると、ハンドブレーキで停車。

【写真】そして折り返しで運転されていきました。

【写真】さあ、私の乗る番が来ました!

【写真】車内は木製のロングシートで、片側三人ずつ、合計6名の定員です。

【写真】ラッキーにも、一番前の席に座れましたので、前面展望写真が撮れました。


【写真】線路の終端まで行って、力強くハンドブレーキを引いて停車です。

【写真】そして、乗り口地点に向けて出発です。

【写真】往復約2分間の乗車でしたが、最高の体験ができました。ありがとうございました\(^o^)/
