現地に行っていろいろなものを見てくるフィールドワーク系ブログ

蔦屋重三郎が眠る正法寺にお参りしたあと、『耕書堂』の跡地も見に行きました!

探訪日:令和8年(2026年)1月10日(土曜日)

探訪番号:120

投稿日:2026年1月23日

ブログ分類:史跡・旧跡めぐりシリーズ #9

昨年放送された、NHKの大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』。江戸時代後期に活躍した、版元(出版事業)や書店を営んだ蔦屋重三郎が主人公でした。

私は以前より蔦屋重三郎の名前は知っていましたが、詳しくは知りませんでした。それで、大河ドラマになると聞いて、とても楽しみにしていました。

普段、映画やテレビドラマはあまり観ないので、蔦屋重三郎を演じた横浜流星さんのことはあまり馴染みがなく、どうかな〜、と思って見始めましたが、初回からあまりに面白く、毎週の楽しみになっていました。

横浜流星さんはキリッとした顔に丁髷が似合い過ぎて、気配り上手でいながら自分の信念は曲げることがないという蔦屋重三郎を見事に演じて、一気にファンになりましたね〜。

今回のブログでは、蔦屋家の菩提寺で、蔦屋重三郎のお墓もある誠向山正法寺と、蔦屋重三郎が開いた書店『耕書堂』の跡地に行ったことを書きたいと思います。

正法寺は心壽院日位上人が天正10年(1582年)に開いた、日蓮宗のお寺です。神楽坂の善國寺、芝の正傳寺と共に「江戸三大毘沙門天」の一角に数えられた毘沙門天をお祀りしています。

【写真】浅草駅から旧日光街道(吉野通り)を1kmちょっと千住方面に行ったところにありました。

撮影地:東京都台東区東浅草

【写真】平成6年に、ビル型の寺院に生まれ変わりました。3階より上階が、室内墓地となっているそうです。交通の便もいいし、雨の日も気兼ねなくお参りできて、とてもいいと思いました。

撮影地:東京都台東区東浅草

【写真】1階エントランスの奥の屋外にある墓所に、蔦屋重三郎のお墓がありました。

撮影地:東京都台東区東浅草(正法寺境内)

蔦屋重三郎は寛政9年(1797年)5月6日、47歳で亡くなり、翌日正法寺で葬儀が営まれています。葬儀には太田南畝(大河ドラマでは桐谷健太さんが演じました)も参列しています。

蔦屋家のお墓の脇には、太田南畝による蔦屋重三郎の母親に宛てた碑文があり、お墓には、石川雅望(宿屋飯盛)(大河ドラマでは又吉直樹さんが演じました)による蔦屋重三郎に宛てた碑文も刻まれていたそうです。

その後、度重なる震災や戦災により、蔦屋家のお墓や過去帳、太田南畝の碑文も失われてしまったそうです。現在は、史料を元に再現されたお墓と、太田南畝と石川雅望の碑文を一つにまとめた供養塔が建っています。

【写真】蔦屋家のお墓です。上段左から3番目が蔦屋重三郎の、2番目が母親(大河ドラマでは高岡早紀さんが演じました)の戒名です。下段の一番右には、蔦屋重三郎の妻おてい(大河ドラマでは橋本愛さんが演じました)の戒名も刻まれています。

撮影地:東京都台東区東浅草(正法寺境内)

【写真】太田南畝と石川雅望の碑文が刻まれた、供養塔です。

撮影地:東京都台東区東浅草(正法寺境内)

蔦屋重三郎は22歳の時、江戸新吉原で書店『耕書堂』を開きます。

【写真】正法寺から歩いて10分くらいのところに、吉原大門(おおもん)交差点がありました。

撮影地:東京都台東区千束

【写真】交差点の脇に「見返り柳」がありました。吉原遊廓で遊んだ客が帰り際に名残惜しいと、この辺りで遊郭を振り返って見たことが由来となっています。

撮影地:東京都台東区千束
撮影地:東京都台東区千束

吉原は江戸幕府が公認した遊郭街で、江戸で最大の歓楽街でした。蔦屋重三郎は吉原で生まれ、吉原大門近くで『耕書堂』を開き、吉原遊郭のガイドブックである『細見嗚呼御江戸』を出版し大ヒット。その後、黄表紙本や往来物などの出版、浮世絵の版元としての地位を確立し、まさに「江戸のメディア王」と言うべき活躍をします。

【写真】吉原大門交差点から吉原大門のあった場所までは、江戸時代は五十間道と呼ばれS字にくねっていました。今でも当時と同様にS字カーブの道となっています。

これは、一説には、将軍が鷹狩りに出かける際、街道から吉原遊廓を見せないようにするための工夫だそうです。

撮影地:東京都台東区千束
撮影地:東京都台東区千束

【写真】『耕書堂』がどこにあったのか、はっきりした場所はわかっていないようですが、五十間道沿いの吉原大門に向かって左側にあったようです。

撮影地:東京都台東区千束

【写真】S字カーブの先に、吉原大門がありました。ここは、吉原遊廓に入る唯一の入り口で、江戸時代には立派な門が立っていたそうです。今は、道の両脇に、細めの街灯が立っていました。この先は、今でもソープランド(個室付き特殊浴場)が軒を連ねます。一人で写真を撮っていたら「ソープランド、どうですか?」と声をかけられました(^^;;)

撮影地:東京都台東区千束

蔦屋重三郎は33歳の時、日本橋通油町(今の中央区大伝馬町)に『耕書堂』を移転しました。通油町は多くの地本問屋が軒を連ね、江戸の出版業の中心地でした。蔦屋重三郎は地本問屋の株も取得し、江戸でも有数の地本問屋となりました。

吉原遊郭があった場所から一番近い鉄道駅は、東京メトロ・日比谷線の三ノ輪橋駅です。そこから小伝馬町駅まで行き、移転後の『耕書堂』の跡地も見に行きました。

【写真】旧日光街道(大伝馬本町通り)沿いに『耕書堂』の跡地がありました。

撮影地:東京都中央区日本橋大伝馬町

【写真】跡地を知らせる、立派な看板が立っていました!

撮影地:東京都中央区日本橋大伝馬町
撮影地:東京都中央区日本橋大伝馬町